Zygmunt神父様 Welcom back!! ~初めてのごミサ~

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ポーランドから一年4ヶ月ぶりにFr.Zygmunt神父様が来日しました。
シリアに30年以上神父として布教していた神父様は、厳しい内戦のため一時的にポーランドに滞在し、
日本に来日する前の2週間をレバノンに避難したシリア人のために、
その後はドバイに避難した家族たちのために過ごされたそうです。

35度の灼熱のドバイからはるばる羽田空港に到着!
リュックサック2個だけの荷物で、これから1ヶ月日本に滞在されるとは思えぬほど身軽でびっくり!





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神父様を家族のように迎える友人の嬉しさったら(^^)
到着を待ちわびた私ももちろん、とっても嬉しい!

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前回の来日は、極寒の12月から1月。しかも記録的な大雪も。
今回は満開の桜が出迎えてくれたのは、神様からのプレゼントなのでしょう。

日本到着に興奮しながらも、長旅の無事に感謝し、家路に戻る車の中で、
4人で共に「主の祈り」と「アヴェマリア」をポーランド語、日本語で唱えました。

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来日翌日。ほのかなキャンドルの光の中 静かな祈りの夜
ポーランド語で、3人だけの 小さな 小さなミサ。

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神父様のお説教の中で、レバノンで会ったシリアのカトリック信者さんの話に及びました。以前は大変信仰深いご夫婦だったけれど、仕事を失い、家族を失い、
生きる希望を失いかけ、神様に見放されたと祈ることもなくなってしまったそうです。

しかし、今日の第一朗読のイザヤの預言に書かれているように、
「我々が神様を疑い、心が離れかけたとしても、神様は我々にいつも心を留め、
忘れることは決してない。」と。


ポーランド語での聖書の朗読と、家庭でのミサの最後の歌の動画をご紹介します。










4/2(水) 週日〔紫〕 聖フランシスコ(パオラ)隠世修道者【任意】

第一朗読イザヤ 49・8−15
イザヤの預言
主はこう言われる。
わたしは恵みの時にあなたに答え
救いの日にあなたを助けた。
わたしはあなたを形づくり、あなたを立てて
民の契約とし、国を再興して
荒廃した嗣業の地を継がせる。...
捕らわれ人には、出でよと
闇に住む者には身を現せ、と命じる。

彼らは家畜を飼いつつ道を行き
荒れ地はすべて牧草地となる。
彼らは飢えることなく、渇くこともない。
太陽も熱風も彼らを打つことはない。
憐れみ深い方が彼らを導き
湧き出る水のほとりに彼らを伴って行かれる。

わたしはすべての山に道をひらき
広い道を高く通す。
見よ、遠くから来る
見よ、人々が北から、西から
また、シニムの地から来る。
天よ、喜び歌え、地よ、喜び躍れ。
山々よ、歓声をあげよ。
主は御自分の民を慰め
その貧しい人々を憐れんでくださった。

シオンは言う。
主はわたしを見捨てられた
わたしの主はわたしを忘れられた、と。
女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。
母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。
たとえ、女たちが忘れようとも
わたしがあなたを忘れることは決してない。

 

福音朗読ヨハネ 5・17−30
ヨハネによる福音
 〔そのとき、イエスはユダヤ人たちにお答えになった。〕「わたしの父は今もなお働いておられる。だから、わたしも働くのだ。」このために、ユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとねらうようになった。イエスが安息日を破るだけでなく、神を御自分の父と呼んで、御自身を神と等しい者とされたからである。
 そこで、イエスは彼らに言われた。「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする。父は子を愛して、御自分のなさることをすべて子に示されるからである。また、これらのことよりも大きな業を子にお示しになって、あなたたちが驚くことになる。すなわち、父が死者を復活させて命をお与えになるように、子も、与えたいと思う者に命を与える。また、父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。すべての人が、父を敬うように、子をも敬うようになるためである。子を敬わない者は、子をお遣わしになった父をも敬わない。はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。はっきり言っておく。死んだ者が神の子の声を聞く時が来る。今やその時である。その声を聞いた者は生きる。父は、御自身の内に命を持っておられるように、子にも自分の内に命を持つようにしてくださったからである。また、裁きを行う権能を子にお与えになった。子は人の子だからである。驚いてはならない。時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞き、善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来るのだ。
 わたしは自分では何もできない。ただ、父から聞くままに裁く。わたしの裁きは正しい。わたしは自分の意志ではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行おうとするからである。」

【任意・4月2日 聖フランシスコ(パオラ)隠世修道者】
1416年、南イタリアのカラブリア地方のパオラに生まれる。
隠世修道会を創立したが、これは後にミニモ修道会(最も小さいものの意)となり、1506年に使徒座の認証を得た。
1507年、フランスのトゥールで死去。
(カトリック中央協議会刊/日本カトリック典礼委員会編・監修『毎日の読書』より)

聖書本文は 日本聖書協会刊「新共同訳聖書」からの引用です




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by dianas7 | 2014-04-03 00:35 | ■ライフ | Comments(0)
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